認知症が「特別なことでない」暮らしのある風景 ~私はここで人情と、人間と、わたしの認知症を観察しています。~東京・武蔵小金井の駅から歩いて15分ほど。栗林を抜け、見えてくるのが認知症対応型共同生活介護 グループホームのがわ(以下、のがわ)です。このグループホームで暮らしはじめて2年、という入居者の糸川徳子(いとかわあつこ)さん(88歳)にお話を伺いました。日々、職員との調理や入居者同士のやり取りを楽しむ一方で、新聞や雑誌で見つけたニュースや出来事から「自分に時間をかけて投稿のハガキを書くのがいちばんの贅沢」と言います。認知症になってもご自身で終の棲家を選び、日々グループホームのがわでの生活に前向きであった糸川さん。を重ねた今、子どもの頃の感受性や想像力との再会、そしてともに暮らす仲間と出会い、グループホームの生活を愉しむ糸川さんの日々を訪ねます。イントロダクションお話を伺った糸川徳子さんが2024年10月18日にご逝去されました。糸川さんへのインタビューは2024年9月25日に行っていましたが、記事の完成前にご逝去されたため、ご本人の確認は叶わず、コーディネートを担当いただいた有限会社のがわ グループホームのがわ管理者 山根健(やまねたけし)さんがそのバトンを受け取ってご家族とのやり取りを続けてくださり、公開に至りました。ご逝去当日も、普段と変わりなく過ごされ、「起床後も居室で洗濯物を干したり、片付けなどされておりました。ご自身のノートには『インタビューを受けた』との記述もありました」と言います。たくさんの素敵な、そしてパワフルな言葉を残してくださった糸川さん。このような形でお届けできることを糸川さんもきっと喜んでくださるのではないかと思います。謹んで糸川さんのご冥福を心よりお祈りいたします。1.学問は人なりインタビュアー:俳句をたくさん用意してくださったんですね。糸川徳子さん:「私が覚えてる俳句や言葉を用意しておいてほしい」ってあったから、百人一首のこの句を選んだのよ。東風吹かば 匂いおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春を忘れそ菅原道真インタビュアー:こういった俳句は、糸川さんは子どもの頃から触れていたんですか?糸川徳子さん:それは、うちのおじいちゃん。おじいちゃんが“どうげつそうしょう”(漢字不明)っていう俳句の名前を持ってる俳句の先生だったの。それで小さい時から下の句、上の句って、じいちゃんが上の句を言うと、「下の句を言え」っていう、そういう風な中で私育ったの。だから自然と俳句っていうのに馴染みがあったの。インタビュアー:糸川さんは香川県で生まれ育ったとお聞きしてます。糸川徳子さん:そう、香川のね。あの頃、農地改革があって、おじいちゃんはそれまで地主でお殿様気分でいたんだけど、立場が逆転して農地を失ってしまったの。それでも昔の性質が残っていて、私たちに「学問は財産なんだ」って。「学問は人なり」。学問は、泥棒が入ろうと、火事になろうとその人からなくならない。だから勉強したい者にはさせる、借金してでも。「学問は真なり」ってね。「学問のすすめ」って、あれ、福沢諭吉でしたかしら。そのことをよくおじいちゃんから聞いてたの。だけど、私は勉強嫌いだった。そう、これ(糸川さんの記事が掲載された新聞記事)にも書いてあるけどね。私は勉強嫌いで、それより文章や作文みたいなのは好きだったの。私の小さい頃は作文教室があったんですよ。「綴り方教室」っていうのが私たちの小学校の頃、あったのね。インタビュアー:そうなんですね。糸川徳子さん:兄弟はみんな頭がよかったんだけど、私だけはね、良くなかったの。あのね、他の子はね、兄弟6人いたら、6人とも勉強大好きでね。「木へんの漢字は○○だ」「さんずいは、水に関係してるもの」とか、そういうふうなの。おじいちゃんが夏休みになると孫たちを呼んで書かせてたんだけど、私は漢字ができないので隠れてたの。そしたら、「いや、あの子はな、それより何より、俳句の素養のある子だから。馬鹿にするんじゃないよ」って。“人徳のある子”って言ってね。私の名前、“徳子”と書くでしょ。おじいちゃんが、私に「人徳のある人生を歩んでほしい」っていうのでね、“徳子”と。だから、おじいちゃんとしたら、果たして私が人徳のある人生を歩んでるかどうかは、じいちゃんはあの世へ行って、いないけどね。常にそれは思うわね。心の中で嫌なことを考えたりしたら、「おじいちゃんがおてんとさんから見てるから、こんなことを言ったりしちゃいけないんだ」って自分を戒める。もうひとりの自分がいつもいるのね。2.ここは、“のがわ”クッキングスクール【糸川徳子さん文面でのお答え】―のがわでの過ごし方糸川さん スタッフの人達と共に食事の用意をしたり。私の作るのは野菜サラダとヨーグルト和え。―幸せを感じる時糸川さん スタッフの方たちが友人となり、娘となり、時には母となり、注意をしてくださる事。人生の最後はこのホームで終えたいと願っています。インタビュアー:糸川さんはのがわで暮らすようになって2年が経ちます。日々の中でどんなところに楽しみを感じていますか。糸川徳子さん:のがわのね、職員さんっていうのはとにかく入居者の思いを汲み取って、母親がわり、姉がわり……色々とね。料理する時なんか、「今の、何入れたの?教えてよ」ってよく聞くの。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って言うんだからーー。「今のはね、教えなーい!隠し味だよ」なんて職員さんに言われてね。「いや、教えてあげる。糸川さん来てごらん。これはね、カレーだけど、カレーの中にね、このぐらいのチョコレートを5粒入れるの。そうすると、カレーにすごく甘みが出て、コクが出て美味しくなるんだよ。チョコレートを入れたのと入れてないのとカレーの味が全然違うんだよ。これが隠し味って言うんだよ」なんて教えてくれる。だから、ここにいたら、料理のことね。料理ができる人に認知症っていないんですってね。重い鍋とか持つから、腕は痛くなるけどね。次々と頭の中で、「これ入れて、次はこれ入れて……」って常に頭使うでしょ。インタビュアー:あぁ、そうですね。糸川徳子さん:だから、ここでは“クッキングスクール”って言ってるのよ。「ちょっと会長」「はいよ、何」なんて職員さんと演じるの。「何作るの」「今日はかぼちゃのサラダです」「お手柔らかにお願いします」なんてね。ほんとに発想豊かな料理をしてくれるのよ。お昼ご飯の用意が12時過ぎてしまっても、「腹減らしはごちそうのもと、と言うんだよ。腹が減った方がごちそうになるんだから待とう」って。旬のものを使った料理とか、天ぷら蕎麦とか、手の込んだ料理を色々とやってくれる。だからすごくここにいると楽しい。それでもね、今日もある人が「家に帰るんだ」って言って、「外、雨が降りそうだから、傘取ってくるわ」って。傘持って、「あなたどこに帰るの」。「とにかく私、家帰りたいの。もうここにいたくないの。帰りたいの」って泣くのよ。「そう?どうしてこんないいところにいて、帰りたい帰りたいっていうの?」「だって、帰りたいんだもん」って――その人、よっぽど家が良かったんでしょうね。私はそんなに家に帰りたいとも思わない。ここがいちばん。終の棲家だと思ってるからね。だからみんなによくしてもらってる。やっぱりね、良くしてもらうってことは、人間性、それも必要だからね。あんまり「ハァ〜」なんてしょげてると、やっぱり職員さんだって「どうしてだろう」って言って心配するでしょう。だから私はその点すごく恵まれてる。だけど、「情にほだされれば流される。とかく、この世は住みにくい」(以下、参照)ってあれ、夏目漱石だったかしらね。そういうことは、今、噛みしめてわかるわね。「智に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」『草枕』夏目漱石3.夜の来ない朝はなし。朝の来ない夜はなし。インタビュアー:糸川さんと2年前にお会いした時、考え方がすごく前向きだなと思ったんです。人生を楽しもうとするところがすごく素敵でした。(*インタビュアーは糸川さんの入居開始時、のがわに勤務していた)糸川徳子さん:そう?あの頃、そんなだったかしら。インタビュアー:もちろん落ち込む時もあると思うのですがーーそんな時は、糸川さんはどうしてるんですか?糸川徳子さん:あのね。人間だから、そういう時もありますよ。あるけども、明日は明日の風が吹くわ。夜の来ない朝はなし。朝の来ない夜はなし。寝たくなければ寝なくたって死にゃしないんだからっていうふうに考えてね。そういう時だってありますよ。色々と考えたり、余計なことを考えたりしてね。寝られない時もありますよ。だけど、「あぁ、朝が来た。朝が来たら、夜も来るんだ。夜が来りゃ、朝も来るんだ。えい、もうそんなこと考えないで、他のことをしよう」って頭を切り替えて。それで練習。頭を使えば使うほどいいっていうから九九の練習。奇数の時は右の手を上げる、偶数の時は左の手を上げるとかってねーー部屋でベッドから起き上がって、そんなことしてみたりね。じーっとしてたらいつまでたっても眠気が来ない。体をとにかく弱らせて、眠気をこさせた方がいい。でもまぁ、何も眠気が来なきゃ来なくたっていいのよ。インタビュアー:うーん、そうですね……。糸川徳子さん:今のところ、膝が痛かったりもするけども。それと認知症だから、昨日のことと今日のことと、ぐちゃぐちゃになったりすることもあるわね。それはだけど、「糸川さん、あなたはすぐに認知症を武器に使って」なんてユーモアたっぷりに職員さんが言ってくれるのよ。「またそんなこと言って。こき使うわよ〜」なんてね。そうやってね、友人みたいに接してくれるの。だから楽しい。みんなどういうわけか、「糸川さん、明日の献立、何にしたらいいか教えて。一緒に考えようよ」って言うから、「もうなんでもいいわよ」「そうはいかないんだよ。ねえ、何にする?親子丼する?」「親子丼、昨日、一昨日したわよ。」「じゃあ、何にしようかね。まずは材料を見てからにしようよ」って。そうやってね、献立を一緒に考えたり、職員さんと一緒に「じゃあこれして、これ切って」って言ったりして。インタビュアー:糸川さんが職員さんにお料理を教えることもあるんですか?糸川徳子さん:それはないわね。だってこの前も私、偉そうに「ちょっと、あのね。○○する時はね、こうなのよ」なんて言ったら「あら。それ、私がこの前、教えてあげたことよ」なんて言われるの、職員さんに(笑)。それで私も「バレたか」って(笑)。だから「あれ、あなただったの?教えてくれたの」「そうよ。まるで自分が発明したみたいに言って〜」なんて和やかな雰囲気でね、やったりするから。だから私は幸せだ。トントン小気味よい包丁の音が聞こえてきたと思ったら、この日の夕飯の一品、<きゅうりとわかめの酢の物>が完成。その日の昼食や夕食のメインに合わせて、サラダや酢の物などの副菜を作るのが日課だそうです。「彩りに」と最後にのせる紅生姜が糸川流。のがわの食堂の冷蔵庫には、いつもトマト・きゅうり・レタスを常備しているのだそう。「サラダの材料がなかった日は、白菜で代用して作ってくれた日もありました」4.自分に贅沢する時間【糸川徳子さん文面でのお答え】―のがわでの好きな時間糸川さん 何もする事がない時、日記をつけたり、1日の出来事を振り返ったりする事。―部屋の窓から見える好きな風景糸川さん 朝早く、学校へ行く子どもたちと目が合うと、にっこり手を振ってくれる一時が1日の始まり。インタビュアー:のがわで1日を過ごしてる中で、糸川さんが好きなのはどんな時ですか?糸川徳子さん:あのね、1日のうちでいちばんいいなと思うのは、職員のみなさんとお料理をしてる時ね。「今日はこれを作るから、糸川さんは○○をやってね」って言われて「はいはい、わかった」って。それで、「疲れたらひと休みしてね」って言うけど、何かしている時の方が楽しいわね。じっと、ぼけっとしてるのは好きじゃない。インタビュアー:文章は、どんな時に書かれているんですか?糸川徳子さん:それはね、夜。私は自分で1日の時間表を作ってるの。全部を片付けるのが夜の6時半。それで、まだ時間があったら、運動みたいに行ったり来たり(フロアを)歩く。それから7時になったら自分の部屋に入る。で、7時から寝るまでの間、時間があったら日記をつける。それで、今日あったことを書く。この新聞の投稿欄みたいに、書きたいことがあったら書く。ところがね、最近は漢字がわからないことが多いのよ。今はほら、こうやれば(スマホを触る仕草)できちゃうでしょう。でも、私はそういうことできないからね。この記事にも書いてあるけど、片手に辞書を持って誤字、脱字、漢字の間違いなんかをね。それだから、時間がかかるのよ。だけど、時間がかかったって、いちばん自分に贅沢できるのは時間でしょ。ね。だから、「これもひとつの私の趣味なんだから」と思って。インタビュアー:糸川さんが投稿された文章が新聞にも掲載されたんですよね。糸川徳子さん:そう。「辞書片手に手書き2枚 投稿が生きがい」(2024年9月21日朝日新聞掲載記事タイトル)って。そうやって時間を潰して。新聞もね、投稿欄がいっぱいあるの。毎日新聞には『女の気持ち』とか『みんなの広場』とか書くところあるから。それから俳句とかね。書こうと思ったら3箇所も4箇所もあるのね。今、書いてるのは、(ご自身の記事が載った)朝日新聞にお礼の手紙を書こうと思ってね。インタビュアー:新聞や雑誌を読む習慣は、ずっと続いてらっしゃるんですね。糸川徳子さん:そう、新聞と『婦人公論』と。それから新聞で自分の好きなところがあるのよ。インタビュアー:どういうコーナーがお好きなんですか?糸川徳子さん:時事問題ね。この間はね。大きく1面トップでね、<熟年離婚が増えた>っていう記事が出てたの。それで、私、すぐにそこをよく見て「熟年離婚して、幸せだと思うのですか」って言ってね。自分の亭主の収入が少なくなったから、倹約しなきゃいけないって主人に言われて、だから離婚することにしたっていうような記事が書いてあったから、それに私、腹が立ってね。「先日の新聞で、熟年離婚が増えたっていうことは私にはとても考えられない。ともにふたりで築き上げた人生設計を、収入が少なくなったから、って離婚するとはどういうことだ」ってその反論を書いたのね。それは採用されなかったけどーー。5.私と認知症インタビュアー:朝日新聞に掲載された投稿について、お話を伺いたいです。ご自身の認知症については、今後の不安もありながらも、自分なりに余生を楽しみたい、と仰っていました。糸川さんは今、どんなふうにご自身のことや認知症のことを思っているんでしょうか?糸川徳子さん:ここ(のがわ)に入ってる人はみんな認知症だから入ってるんですよ。認知症が第1の条件だからね。だからみんな、認知症なんて言うと隠そうとするけども、私、この間ね、「あなた認知症なのよ。知ってる?みんな認知症。私も認知症よ。みんな認知症の資格だからここに入ってんだからね。認知症は何にも恥ずかしくないのよ」って言ったら、「私は違うわ」って言われて。「あぁ、そう、それなら、ここを出てかないと」って(笑)。私はもう、日本国中が年を取ったら認知症か、それとも足が悪くなって車椅子になるか、どっちかだと思ってるから。私は全然、自分が認知症だということを恥ずかしいと思ってない。インタビュアー:グループホームから投稿をされていること、またご自身の認知症に向き合って書かれた糸川さんの記事を読んで、励まされる人がたくさんいるんじゃないかと思います。糸川徳子さん:あのね、それはね、「励みになる」って誰かも言ってくれた。これを読んだ人がね、「認知症の88歳のおばあちゃんがこんなに書けるんだったら、私もやってみようかしら」って言って、ひとつの励みになるから。「糸川さん、すごく人助けして偉いよ」って言ってくれた人がいたのね。だから、そういうふうに捉えてくれればね、私、すごく嬉しいと思うの。年取ればどうしてもね、昨日今日のことは忘れる。私も「夜の薬、飲んだっけ?」なんて言う時があって、「糸川さんがそう言うと思って、薬の空き袋取ってあるのよ」って言われてね。「ほら、空き袋。今晩、さっき飲んだのよ。<イトカワアツコ 夜寝る前>って書いてあるでしょう」って職員さんが薬を飲んだ後の空き袋をちゃんと取ってくれてるの。「糸川さんは『私、薬を飲んでないから、もうちょっとちょうだい』って言うけど2回も続けて飲んだら体にいけないから。だから取っとくんだよ」。それで私も「あぁ、やっぱり飲んでたわ。ごめんごめん、私、認知症だから」って。ここでも「そういう時だけ認知症だなんて言わないの」なんて言われてね(笑)。やっぱり捨てちゃわないで、証拠がいるんだね。手がかかるっていうのは、そういう時ね。6.じっと観察してたらおもしろい糸川徳子さん:あのね、夜ご飯の時なんかねー―。ある人(入居者)のお茶碗を片付けるのを職員さんがずっと待ってるのよ。みんなのお茶碗を綺麗に片付けて、テーブルも拭いて。職員さんは夜は夜で忙しいの。どんどん、どんどん入居者を自分の部屋へ連れてって、パジャマに着せ替えて、それでおトイレ行ってー―やることがいっぱいあるのよ。そういう姿を見てたらね、私なんか「仕事がどんどん来るんだから、さっさと片付けてあげた方が職員さん助かるんだから」って思っちゃう。だから私が「ねえ、あの人、もう食べないんだから(食器を)引き上げたら」っていうと、「糸川さん、気が早いこと言わないのよ。あの人にはあの人の食べるペースがあるんだから、最後まで見届けないと」って。それで職員さん、「これ、下げていいですか。それとも食べますか?食べるなら置いとくからね」って聞くのよ。そしたらその人は「食べる」って言うの。でもほんとは食べやしないのよ。だから私もう、職員さんそっちのけで「食べないのね。下げるわよ」なんて言うたら、職員さんから「余計なこと言わないの。糸川さんは慌ててそうするけど、あの人の身にもなって。今はほしくなくても、後でほしくなるかもしれないんだから」「うそ。あの人に『あんた今食べたのよ』って言っといたらいいじゃないか」「それはダメなの」って。そういうところに私は気が付かないわけ。インタビュアー:そうなんですね。糸川徳子さん:だからね、ここにいる職員さんのしてること見たら、奉仕的な精神がなくちゃこういう仕事はできないわね。私なんかできない(笑)。私だったらさっさと、とっとと片付けて、とっととっとと。私、1日の時間表組んでんだからね。夜7時になったらね、自分の部屋に入ることにしてるの。だから何か言われても「いや、そうはいかない。自分の時間表通りに行くんだから」って。私、わがままだからね(笑)。だけどね、ここの職員さんーー他のところはどうなのか知らんけども、よく入居者をいじめるとか、トイレ行ってお尻をつねるとか、パンパンと叩くとか、そういうこと。新聞か雑誌の『認知症の人たち』っていう特集で見たのよ。職員が入居者をいじめるっていうね。そんなことってあるのかしら。ここじゃ考えられない。職員さんみんな、気が長いわぁ〜。インタビュアー:(笑)糸川徳子さん:この間ね、私と歳が同じ人よ。紙おむつをこんなにいっぱい抱えてたのよ。それで、「あれ、あの人、あんなに紙おむつを持ってどうするんだろう」って見てたら、みんなが座ってるお膳の上にひとつずつ配ってるの。それで私が、「ちょっと、あの人、いいの?あんなふうにみんなに配ってて」。そしたら職員さんが「あれはね、いっぱい買い込んで部屋に置いてあるんだ」「それを、みんなも紙おむつがほしいんじゃないかと思って、親切で配ってるんだ」って。「だから配られたら、『ありがとね』言うて受けとって。それで、私に頂戴」って。その職員さん、あとでみんなから集めてその人の部屋へ返しに行ってたけどねーー。そんなことってできる?私だったら「ふざけてるのかしら?紙おむつをみんなに配ったりして……」って言いたくなるけどね、そこはここの職員さんはさすがね。だからね、観察。私は常に観察するの。日々、人の観察すること。それと職員さんの対応の仕方。それから私の時間の使い方。だからね、じっと観察してたらおもしろい。私のことも誰かが観察してるんじゃない?「あの人、口ばっかりで」って(笑)。